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Some Folks Lives

買ったものとか、ゲームとか

【アニメ】ソードアート・オンラインの感想:10代の時に見たら人生が狂っただろうな・・・

現在primeビデオでアニメを見まくってまして、そんなわけでソードアート・オンライン(TVアニメ版)を遅まきながら見終わったので感想を述べてみたいと思います。

 

もともと別にアニメとかそれほど好きなわけじゃなかったんですが、これはもう書かずにいられないですね。

 

感想としては、タイトルに書いた通り、10代の時に見てたらヤバかった・・・ということです。

 

残念ながら、というべきか、僕はもう40歳なので、いまさらキリトに自己投影することはなく、むしろエギルやニシダさんに没入し、あの二人を陰ながら見守り、応援したいという気持ちになりましたが、もし僕が10代だったら、間違いなくキリトに自分を投影して、現実世界とアニメの世界という、決して交わることのない二つの世界の距離を前に、胸が張り裂けそうになったでしょうね・・・。

 

「なんで俺はあそこにいないんだろう?」と。

 

 

一応ネタバレ的なものもあるかもなので、気になる人は以下読まないでください。

 

 

 

 

 

 

 

ソードアート・オンラインの魅力は、一言で言えば

「誰もが思い描く美しい理想を、手が届きそうなギリギリの範囲の中で描きだす」ということに成功していることだと思います。

 

誰もがおそらく一度は憧れる、剣と魔法のファンタジー。

これが、もし舞台が典型的なファンタジー世界だったら、現実世界と接点などありようがないわけで、ある意味距離を取って鑑賞できる。

どんなに魅力的なキャラクターやストーリーが展開されても、いわば他人事として眺められる。

 

その点、ソードアート・オンラインは、MMORPGという世界を舞台にすることで、「もしかしたら手が届きそう」というギリギリの設定のなかで、理想世界を描き出すことに成功している。

 

とはいえ、MMORPGを舞台にする、ということにはある種の危うさがあります。

実際この点は、一度現実に戻ったあとALOが舞台になってから、ある程度顕在化してきます。

 

それはつまり「MMORPGのなかでの『シリアス』は、現実世界から見ればただの『ネタ』にしかなりえない」ということです。

 

例えばウルティマ・オンラインのような黎明期のMMORPGでは、ゲーム内の出来事をまさに現実そのもののごとく感じ、味わうということもあったわけですが、MMORPGがこれだけ普及した現状では、どうしても見る側に一種の「冷めた」態度が出てくる。

 

だから、どんなにゲームの中で「俺には助けなきゃいけない仲間がいるんだ!」とかカッコいいこと言っても、地獄のミサワの「ナイト(25)」に見えてきてしまう。

 

実際ALOのなかでのキリトは、ちょっと「ナイト(25)」と被って見えてしまいました。

 

そこまでいかなくても、あくまでもそれは一種の「ロールプレイ」という「楽しみ方」の一つにすぎず、どんなにゲーム内でシリアスになっても、見ていて緊迫感が薄れてしまう。

 

その点、SAOの設定はうまかったと思います。

SAOは、あくまでもゲームであり、現実そのものではないものの、現実世界と分離され、そして「死」という絶対的限界を置くことにより、「ゲームとして現実である」という状態になっている。

 

だからこそ、ゲーム内でのシリアスが、ネタになることなく、現実そのものの緊迫感を持つことができる。

しかし、あくまでもそこは現実ではなくゲームであるから、現実にはありえないような様々な状況・設定を措定することが可能になる。

この辺は本当に見事ですね。

 

もちろん、見ている最中には「これ警察とか何してんだよ」とか「現実の肉体はどうやって管理してんの?」などの疑問が湧いてきたんですが、主な疑問はあとあとクリアされましたし、おそらく小説版ではもっとうまく処理されているんでしょうね。

その他こまごまとした疑問もなくはありませんでしたが、そこは脳内補完で何とかなる範囲だったと思います。

 

何よりも、そこで描かれるキャラが魅力的すぎました。

特にキリトとアスナの二人ですね。

この二人がとにかく、清々しいというか、初々しいというか、見てて愛おしくなる。

 

まずキリトが、色々ご都合主義的な部分もありましたが、基本的に「いい奴」で、共感しやすい主人公でした。

 

何より、やはりアスナですね。

あまりアニメ的教養がないのでうまく表現できないのですが、これは何でしょう。

 

当初は典型的なツンデレだったわけですが、キリトと気持ちを打ち明けあってからの、素直ラブキャラというか。

 

ツンデレの魅力というのは、ツンの態度のなかに、隠しきれないデレがあふれてしまう可愛さに萌えてしまう所だと思うのですが、アスナの場合、むしろ自分の気持ちにまっすぐで一途、かといって、ジブリクラリスやシータのような、男にとってのご都合主義的な、媚びた可愛さでもない。

 

あるいは、普通ならこの手のアニメの女性キャラは、性的な要素を丸出しにしながらも、自分では性的なものに無自覚であることが多いわけですが、アスナの場合むしろ性に対し自ら積極的に動く部分もある。

 

可憐で、儚いところがあり、守ってあげたいと強く感じさせる部分がある一方で、むしろ「俺を幸せにしてください!」と身を預けたくなるような強さがある。

 

とにかくうまく言えませんが、そんなわけで、とにかく「キリト、アスナを守ってやってくれ、そしてお前もアスナに幸せにしてもらってくれ!」と思わずにいられない。

 

改めて言いますが、もし僕が10代だったら、こんな風に思えなかったでしょうね。

 

たぶん、美しすぎる二人に胸焦がされながら、自分がキリトになれない、という現実に絶望し、胸が張り裂けそうな切なさに身もだえしていたと思います。

 

良くも悪くもオッサンになったからこそ、純粋に二人の幸せを願い、そして二人のいちゃラブぶりに心がとろけそうになる。

 

だからこそ個人的には、後半の妹との絡みは、正直いらなかったのではないかなーと感じます。

 

いや、直葉ちゃんも可愛いし、別にいいんだけど、それよりキリトとアスナの絡みをもっと見せて欲しかったなあ、と。

特に最終回での二次会は、なんか直葉がヒロインみたいになっていて、回復したアスナとキリトとユイをもっと見せて欲しかったなあ・・・。

 

あと付けたしになりますが、音楽も良かったです。

特に、あの初めて二刀流を披露したときの曲は鳥肌が立ちましたね・・・。

 

というわけで、あまりまとまっていませんが、そんなことを気にせず感想を書かずにいられないくらいハマりました。

これから小説版を見て、映画も見に行こうと思います。